携帯電話論争

私は機械が苦手である。特に多機能種にめっぽう弱い。例を挙げると、電子レンジ機能のついたオーブン、録画機能のついたテレビ、複雑な音響物の類、究極は携帯電話とパソコンである。いろいろなことができる人は尊敬するが(ダビンチとかシュタイナーとか森鴎外とか)、物ははなはだ迷惑である。人間だけが二足歩行ができ、火が起こせ、言葉をもつ。わざわざ物を利口にする必要はない。今時、自分たちのこしらえたものに支配されるという愚かな状態に追い込まれている人の多いこと。
私に言わせれば、うちの夫は携帯電話依存症である。時代に魂を売った男である。最近はそれらしい人が多くなってきたので、あまり目立たなくなり、人に追い越されてしまった。20年ぐらい前、私は彼と偶然出会った。まだそれほど普及していなかった旧型携帯電話を彼は持っていた。今と違って値段も張っただろうに、どうやって工面していたのだろう。
私が携帯電話を持たない理由はいくつかある。まず、音がなっても気がつかない。他人のものと音が似ていたりしたらもっといやだ。外出先で大事な仕事の話をされたら思考が働かない。第一物騒である。つい最近、バスの中で隣のおばさんが大きな声で、自分のクレジットカードと裏面のセキュリティーコードを読み上げ、復唱までしていた。何のためのセキュリティーコードなのか。そのバスに悪用する人がいないと言う保障もないのに。もう一つは、予定変更である。私は家のカレンダーに書き込んで予定を管理している。突然携帯電話で予定変更をされると、年間スケジュールを覚えていられるわけではないので、閉口してしまう。
先日夫の電源の消し忘れの話題が出た。一度や二度のことではなかったため、注意したのだが、案の定逆切れされた。何かの発端で節電の話になり、娘が夫に電気代の無駄遣い、携帯電話のチャージばかりしていると。その言葉を聞いた夫はすかさず、鬼の首でも取ったように仁王立ちになり、「残念でした、会社で充電しているので、家の電気代は私のせいではありません。」と。
仮にも夫は、香港の公共施設で仕事をしている身分である。しからば夫は、市民の税金を間接的に横領しているのだ。私の腹の虫が暴れだしたが、どうせ指摘たところで、聞く耳を持つはずがない。
一服おいて、「お父さん、私の住む家は地球です。どこで充電しようともう口出しはいたしません。仲良く一緒に暮らせないとおっしゃるのなら、どうか遠慮なさらず、他の惑星へお引越しください」
ようやく黙った。これにて一件落着。

2011年6月20日
ある日の日記より