『アンネの日記』

『アンネの日記』完全版 アンネ・フランク 深町眞理子訳 文藝春秋

年の初めに香港公共図書館が主催する作文コンテストに、長女は小学校高学年の部で参加した。通常第一関門として校内コンテストが行われ、優秀だと判断された上位三作品が全港コンテストへの切符を手にすることができる。今回も例外ではなかった。

今年のテーマは、香港の公共図書館があらかじめリストアップした60冊から1冊を選び、登場人物に宛てた手紙を書くというものだった。

絵本、推理小説、物語、歴史物、ありとあらゆるジャンルが羅列された選書リストの中から、彼女は迷わず『アンネの日記』を選んだ。それほど年齢の離れていないアンネの告白を半年ほど前に読んだばかりで、あらすじがしっかり脳裏に焼きついていたからだった。

本来ならば再度中国語版を読み直してから感想文を書くのが筋であろう。しかし、怠け者の彼女はその作業を省略し、いきなり作文し始めた。アンネと言う名前は題にもなっているので、「安妮」と表記。作中の固有名詞は辞書を引いた。だが、「隠れ家」だけは最後まで、二人で悩みに悩んだ。提出期限が迫っていたため、しっくりいかない訳語を当てはめたが、これはいまだ不明である。

アンネ・フランク様へ

天国での暮らしはいかがですか?
私の名前はKONA,11歳、中国の香港に住んでいます。お父さん、お母さん、そして妹と一緒です。私はアンネ・フランクという少女を4年生のときに知りました。ある本を読んでいたとき、そこにあなたの隠れ家の挿絵がありました。なんだか面白そうだなあ、一回やってみたいなあと思ったので、お母さんに話しました。お母さんは、「隠れて暮らすということはあなたが考えているほど楽しいものではないんだよ。」といって、お母さんが昔読んだことのあるあなたの本のことを教えてくれました。私はあなたのことをもっと知りたいと思ったので、あなたの日記を読むことにしました。

あなたの日記を読んで、友達やおうちの人たちに打ち明けられなかった悩みや心で思っていることを日記に書いていることを知りました。私は楽しいことや悲しいことがあったときに日記を書く習慣があります。私の家族は自分の意見や悩みなどを交換日記に書いています。私は大きくなってから、自分の子ども時代を振り返られるようにつけています。あなたは自分の日記を出版しようと思っていたことを私はすごいと思いました。だって私は、自分の日記を人にはあまり見せたくないからです。私はあなたが戦後に出版しようと思っていることにとても勇気があると思いました。

私が読んだ本には、オットー・フランク氏があなたの「戦後、私の書いた日記をコンクールに出し、本にして、みんなに読んでほしい」という夢をかなえてあげたいと語っていました。今あなたの本は世界中のたくさんの人に読まれています。私はこのことをあなたが知っていないと本当にうれしいと思わないと思います。だからあなたにこのことをお伝えしておきたいと思います。それから「アンネの日記」を友達や家族に紹介して、あなたの意思を私が受け継いでいきたいと思っています。

KONAより
2009年1月11日

今年、娘はアンネと同い年になった。今日まで育ててきた娘を失う辛さや悔しさを考えてみる。
つまり・・・・・・親である私こそが後世にアンネの悲劇を伝えていかなければいけない存在なのだ。オットー・フランク氏のように。

2012年10月31日
ある日の日記より