『草と木で包む』たくさんのふしぎ

2000年6月号 福音館書店

 

ご存知のように端午節は中国の年中行事の一つです。旧暦5月5日、中国古代の政治家屈原(くつげん)を記念して行われます。屈原は偉大な政治家であり、愛国者でした。彼は楚国を秦国の侵略から守るため、一生懸命努力しましたが、国王は彼の忠告を聞かず、彼を追放してしまいました。彼は悲しみに耐えきれず身投げをしてしまいました。その日が5月5日だったのです。屈原の愛国精神は当時の人々に深い感動を与えました。そこで、人々は小船で川へ行き、太鼓を打ってその音で魚をおどし、さらにちまきを川へ投じて屈原の死体を魚が食べないようにしたということです。
最近人々の心から何かが失われていく気がします。「伝統」、現代人の精神からゆっくりゆっくりとこの二文字が消えようとしているのを感じます。「ある民族や社会、団体が長い歴史を通じて培い、伝えて来た信仰、風習、制度、思想、学問、芸術など。特にそれらの中心をなす精神的在り方」(岩波書店『広辞苑』より)今、多くの子どもたちは、もしかすると親たちも、伝統というこの二文字に全く関心を示していません。「先生、でんとうを守るのでんとうって漢字でどう書くの?」書き取りさえできれば良いのでしょうか。言葉の意味の深いところを理解せず、ただ漢字だけ書けても本当に無味乾燥なことだと思いませんか。

自然で包む、こころを包む

 私たちの祖先は、自然の中に見つけられる草や木を使って、食べるものを包む工夫をしてきました。自然の姿をそのまま生かしたものもあれば、ちょっと手を加えて、編んだり、結んだり、巻いたり、組んだりして包むものもあります。それがどれもこれもびっくりするほど美しいのです。
それだけではありません。食べるものを包んだり、貯えたり、運んだりする用がすんで、包みをすててしまうと、包みは土にかえっていきます。そして、ゴミにならずにいつかは養分になって、新しい草や木を育てます。
また、私たちの祖先は、包まれたものをまず神さまや仏さまに供えました。これは、食べものを生みだすばかりか、それを包むものまで与えてくれる自然への感謝の気持ちのあらわれといってよいでしょう。
『草と木で包む』より抜粋

私は毎年この時期になると自家製の粽を作ります。たくさん作って、親戚やご近所の人に配るのが習慣となっています。娘たちは小さいときから一緒に粽を作ってきました。忙しいときには材料を用意しておくだけで、あっという間に50個の粽が出来上がっています。テーブルいっぱいに材料を広げ、娘たちとおしゃべりしながら粽を包む光景はまさに井戸端会議です。「誰が一番最初に笹の葉でお米を包もうと考えたのだろうね?」毎年必ず話題になります。本当に私も同感。「日本人も包むことが得意な民族だけれど、これを発見した中国人はもっとすごいよね!」と。

私たちは、待っていれば春が来ると思っている。
でも季節はひとりでに巡るわけじゃない。
2012年5月14日読売新聞 俳句あれこれ 神野紗希

家庭内で季節が感じられますか。

2007年6月9日
ある日の日記より