海のはじまり

その日はちょうど今日と同じ、どんよりとした薄暗い朝だった。地球の上に大きな大きな灰色の風呂敷をすっぽりとかぶせたような空色が辺りのもの全て灰色に染めていた。
雨季の始まりだ。この日は土砂降りだった。集中豪雨警報、黒雲マークが、気象台から発表された。崖に面した寝室から、ひっきりなしに降り続く雨を長女と 二人、ぼんやりと眺めていた。山に降った大量の雨が山の中腹から噴き出し、放水口がまるで滝のように真っ白だった。そのピーんとは利つめた静寂を破るように、突然、
「こんなにたくさんのお水、ながれていって、どこへいくの?」
4歳の子どものかわいい問いが独り言のように発せられた。私は、
「川に流れ込んで、最後には全部海へ行くんだよ。」
と答えた。しかし、追い討ちをかけるが如く
「でも、このみずはあめだから、しおからくないでしょ。こんなにたくさんのみずがうみへながれたら、うみはだんだうすまって、しおからくなくなってしまうよ。うみをしおからくするために、せいふが、たえず、しおをまいているの?」
私は、しばし、返す言葉を失った。

私は工藤直子さんの詩が大好きだ。時々取り出しては読んでいる。この*「海のはじまり」を読むたびに小さかった長女とのたわいのないやり取りを思い出す。歳月は瞬く間に過ぎてゆく。もうすぐ小学校を卒業する長女。あの時の「何故、海の濃度は雨水の流入によって薄まらないのか?」という自問に答えられるくらいに成長したなあ。

2011年5月15日
ある日の日記より
*『ともだちは海のにおい』工藤直子   長新太絵 理論社  より