『種採り物語』たくさんのふしぎ

さとう藍文  関戸勇写真 2004年8号

私のおじいちゃんは2009年7月2日、93歳で極楽へと旅立っていきました。

私の一番尊敬する人はおじいちゃんでした。亡くなった今も、やっぱりその座は譲れない。多くを 語らなかったおじいちゃんでした が、私の中の深いところにたくさんの思い出を残していたようで、日々の何んでもない時にふっと思います。あの言葉、この言葉。「野菜は、種から育てるもの だ。苗を買ってきちゃ、いかん。」今日もまた、ふと、思い出した。おじいちゃんの一言を。これは私が、小学生ぐらいのときに、聞いたことば。何十年もねか されて、しかし最近おじいちゃんは苗を買ってはいけない理由や、なぜ種から育てなければいけない理由は、教えてくれなかった。

「ひと粒の種。どんな野菜も、ひと粒の種から育ちます。
キュウリも、トマトも、ダイコンも、ニンジンも、ゴボウも、
そしてキャベツも、ハクサイも、レタスも、
たったひと粒の種を、土にまくことによって育っていくのです。」
(『種採り物語』 より抜粋)

こんな書き出しで始まり、野菜の種がどのように採取されるのかが詳しく説明されています。私はこの本を読んで、種から育てること の意味に、私なりの解釈をつけてみようと思いました。それは「循環」ではないだろうか。種は、芽を噴き、葉を繁らせ、やがて実を結び、その実が再び、種子 となって新しい世代へと続いていくのだから。

本の結びも「種の中には、親からうけついだ性質がふくまれています。
さらに、まかれた土地に適応して、元気に育つ力があります。
種はふしぎに落ち着いています。」(本文より)

「今年の夏、名古屋へ帰ったら、おじいちゃんの畑の野菜から種を採ろう」娘と約束を しました。私たちの新しい種採り物語が始まります。「おじいちゃーん」、心の中で叫んでみると、魔法の言葉が今でも私の目頭を熱くします。おじいちゃんが  私という畑に蒔いた種は、少しずつですが確実に生長しています。まだ芽を出していない種もたくさんあるので、大切に育てていきたいと思っています。

2010年1月9日
ある日の日記より