『手ぶくろを買いに』

新美南吉作 黒井 健絵  偕成社

暖かい12月初旬。7歳のY君が「ぼく、日本は寒いから、行きたくない」と私に訴えた。
クリスマス休暇に一時帰国が決定しているはずのY君が突然行きたくないなんて、母はさぞかしお困りだろう。「Yちゃん、手袋をすれば大丈夫だよ。あった かい手袋をお母さんに買ってもらおうね」と私が提案すると、少し安心したように小さくうなずく。。私は手元にあった自分用の手袋を彼の前に差し出した。 「はめてごらん、あったかいよ」Yちゃんは私の手から大人用の手袋を受け取ると、早速両手にはめてみた。しかし、まだ何か心配そうな顔をしながら、私に手 袋を返してきた。「ぼくには大きすぎるよ」そういうわけだったのか。私は、Yちゃんの小さい手を握りながら、「Yちゃんのおててに合った手袋を買ってもら えるようにお母さんに頼んであげるからね」と声をかけると、Yちゃんの、「うん」と嬉しそうな返事が返ってきた。

これは、私がまだ大学生だった頃のお話です。学校がお休みのときに、イタリアへ旅行に出かけました。確か3月頃だったと思いま す。初めて訪れるヨーロッパは想像していたよりもずっと寒く、手袋もマフラーも持っていなかった私には、かなりつらい環境でした。この日は列車でミラノか らフィレンツェという街に向かいました。一日旅行です。電車を降りて、駅から出ました。
フィレンツェの駅のすぐ前の大通りに間口がとても狭いお店が一軒ありました。ショウウィンドウに皮の手袋がきれいに並べられているそのお店にすいこまれるように入っていきました。。本当にきれいに飾られていたからです。
店の中はとても狭く、お客さんが三人入れば、いっぱいで身動きとれないくらい窮屈な店舗でした。私が店に入ったとき。すでに先客が一人いて、お店のおば さんはそのお客さんの対応に追われていました。そのお客さんがお店から出て行くと、次は私の番になりました。イタリア語がわからない私を見ると、おばさん は、まず「Buon Giorno!ボンジョルノ(おはよう)」と私を手招きしました。この店は手袋以外何も売っていません。おばさんは私に手を出すように言っているようでし た。私は右手を差し出しました。おばさんは私の手をきゅっきゅっと二回握り、指の太さや長さを調べました。私はまるで『手ぶくろを買いに』に出てくる子狐 のようでした。おばさんは、その辺にある手袋をかき集めて、「あなたは何色が好きなの?」と私に聞いたので、私は手袋を指差し、「緑か赤」と答えたのでし た。ちょっと待っててねというと、おばさんは足早に去っていきました。しばらくしてから、「赤はあなたのサイズがないから、緑でどう?」ときれいなグリー ンの皮の手袋を置奥の棚から持ってきてくれました。試着してみると、私の手にぴったりで驚きました。手首と指が標準サイズより細く(体はそうでもないのですが、)なかなか合うアクセサリーが見つからない私なのに・・・。
そのときの手袋がこれ、この手袋は20年たった今も大切に使っているお気に入りの一品となりました。。

そんな話をするとYちゃんは、右手を私の前に出してきた。私はYちゃんの手を握って、「手袋屋さんのおばさんはこんなふうに私の手を握ったんだよ」とイタリアでのあの光景を、自分の中で再現してみた。Yちゃんは、はにかみながら帰っていった。でも香港のお店屋さん、そんなふうに手を握って手袋を売ってくれるのかなぁ、・・・そんな気持ちを抱きながら、この日Yちゃんを見送ったのだった。

2009年5月14日
ある日の日記