杏林大学付属病院(日本)での出産

香港で妊娠をし、日本で2006年6月25日に女の子を出産しました。
山あり谷ありの妊娠・出産体験記です。

2005年10月に待望の妊娠をしました。本当にうれしくて、病院で心音が確認できた時の感動は今でも忘れられません。つわりも軽く、順調だと思っていた妊婦生活・・・
しかしながら14週目(4ヶ月)からどうも調子が悪く、頻繁にお腹が張るようになり16週目(5ヶ月)にはとうとう切迫流産の診断、その後も落ち着くことなく切迫早産に。

香港では入院と安静の妊婦生活でした。23週目(6ヶ月)に入った時、お腹の張りが少し落ち着いた所で日本に帰国をしました。今考えると無事に帰れてよかったなぁ・・・

そして日本でも26週目(7ヶ月)でお腹の張りと子宮頚管の短縮で入院。
早産になる確率が高いので、赤ちゃんが小さく生まれても対応できる病院を勧められ、NICUとハイリスク妊産婦の管理もできる杏林大学付属病院でお世話になりました。

入院後、早産マーカーという炎症の反応をみる検査で陰性の結果が出て、お腹の張りも内服薬でなんとかコントロールできていた為30週近くで退院。

その後も自宅でトイレと食事以外は寝て過ごす毎日。お腹の赤ちゃんが大きくなるのをひたすら待ち、時間を稼ぎました。不安で仕方なく、お腹に向かって「まだ出てきちゃだめだよー」と声をかけ、祈る毎日でした。

そして34週目(9ヶ月)に入った時、担当医から「もういつ産まれても大丈夫」と言われ張り止めの内服薬を中止。そして36週目が過ぎ、憧れの正期産37週目も過ぎ・・・
担当医からは「これからはどんどん歩いて動いて」と今までとは反対のご指示。

38週目の健診では子宮口もしっかり閉じており、赤ちゃんの頭も降りてきてないので予定日まで行く可能性があると言われ、 その上赤ちゃんが大きめとのことで「もっと歩いて」と指示(命令)されました。それまで毎日たくさん張っていたお腹もこの頃にはほとんど張らなくなってお り・・・本当はこの時期に張らなくちゃいけないのに。
毎日毎日大きなお腹を抱えて歩きました。今度は「そろそろ出てくる準備してくださいな」とお腹に声をかけつつ。

6月24日39週2日目、朝から気分がよくお腹の張りもなくて胎動もよく感じていました。いつものように夕飯を食べ、お風呂に入り23時頃就寝。そして夜中の3時過ぎ・・・
何か勢いよく流れる感じあり!?尿漏れ?破水?
トイレに行くと明らかに破水とわかりました。「とうとう来てしまった!!」
でもその時点ではお腹の張りも、陣痛らしき痛みもなかったせいか比較的落ち着いていて病院と香港にいる夫へ電話。6月25日、時間はAM3:45頃でした。

入院の準備をしていると下から温かいものが流れる感じが続いていたので、今になって考えるとまだ赤ちゃんの頭が完全に子宮口にはまっていなかったのでしょう。

4:30 病院でNST(分娩監視装置)をつけて赤ちゃんと子宮収の様子を見ると、まだ陣痛はなく子宮口も1cmしか開いておらず。しかしながら破水をしているのでそのまま入院となりました。

5:30 「こんなに出てなくならない?」と思うほど破水は続き、そのうち今まで経験したことのない痛み(陣痛)がだんだん出て、それは10~15分おきに。

7:00 気がつけば陣痛はいきなり5分おきに。破水は陣痛のたびに出ていたので頻回にお産パットを交換。すると先ほどまでピンクがかった破水(羊水)が緑色になっており、助産師さんに報告すると慌てた様子・・・

8:00すぎ 産科医の診察。子宮口2cm(えっ!まだ?)緑色の羊水はどうやらお腹の赤ちゃんが苦しくなってしまい胎便をしてしまったとのこと。
赤ちゃんの心音が下がってきた場合、促進剤または帝王切開となる事を説明され、この時自分のおかれた状況がかなり緊迫していることを理解。

9:50 香港の夫に電話。なんとか帰ってきてもらえないか空港で交渉するようお願いをしてみる。一人で産もうと覚悟はしていたものの、いざとなったら不安で。この時点で破水はもう止まって、胎動もほとんど感じなくなっていました。頭が子宮口にはまったのでしょう。

10:00すぎ 陣痛が本格的に。5分おき、波が来た時はもう誰とも話せる余裕なし。両親がついていてくれたのですが、陣 痛のたびに「大丈夫?」と声をかけられるのにイライラしてしまい「帰ってもいいよ」と冷たく接してしまう。医師からも初産だから産まれるまでにはまだまだ 時間がかかるよと言われたし・・・

11:00すぎ 陣痛の波が来ると意識がもうろうとするくらい痛い!動けない!そんな時に助産師さんから「おトイレに行ってみましょう」と勧められ付き添ってもらい便座に座るも出ない。おしょう水がたまっている感じあるのに出ない。少しすると・・・
ぐぐっと中から押されるような、これまた今まで経験したことの無い感触。そんな私の様子を見ていた助産師さんは私をすぐに立たせて赤ちゃんが出てきていないかを確認。その後内診すると子宮口9cmまで開大。赤ちゃんが本格的に降りてきたようです。

12:30 力みたい感、怒責感がつらい。でもまだ子宮口が全開ではないので「逃す」よう言われる。でも私にとっては陣痛の痛みより逃す方がつらかったです。
なぜかこのあたりから、陣痛と陣痛の間に異常な眠気に襲われて、陣痛の合間に眠ってしまいました。後で助産師さんに聞いたのですが、お産が近づくとよく見 られる「眠り産」というものだそうです。赤ちゃんを出すために体力を回復させようとする働きだそう。

13:00頃 子宮口全開。さあいよいよ力む時が!
それまで普通のベッドが分娩台になり、赤ちゃんを計測するための台や道具が次々と準備されました。こちらの病院では普通分娩の場合、陣痛・分娩・回復が一 つのお部屋でできるLDRでした。これは本当に良かったと強く思いました。だってあんなに苦しい時、分娩台のある違うお部屋に移動するなんて私にはできま せん。

13:15 陣痛の波に合わせて3回ほど力む。でも、出ない・・・自分の足の間から先生がはさみを持っている姿が目に入っ てしまいました。その時なぜかとても意識が鮮明になってしまい、「切らないとだめですか?」と力をふりしぼって聞いてみる。会陰切開はできたらしたくな かったけど、「裂けちゃいそうだから少しだけでも切りましょう」と先生。そして陣痛の波が来た時、力むことよりもいつ切られるのかが気になって・・・その 後切られた感触もはっきり覚えており、痛いなぁと思っていたら陣痛が微弱になり遠のいてしまいました。陣痛に気持ちが集中できていなかったようです。

その後も何度が力むも赤ちゃんが出ない。頭は見えているのだけど出ない。陣痛が短くてうまく力めず・・・助産師さんや先生達が頑張れと励ましてくれ、次の陣痛で出そう!と私もみんなも心一つに。そして想像を絶するほどの力をふりしぼり・・・

13:51 2851gの女の子を出産!へその緒がついたままの状態でお腹に乗せてもらいわが子に初対面。最初に思った事 は「ごめんね」でした。妊娠期間中お腹が張った時は苦しかったと思うし、小さい体で頑張ってくれてここまでお腹で育ってくれていたのかなと思ったら涙が止 まりませんでした。

へその緒が1周首に巻き付いていたそうですが、肌の色もとても良く元気に産まれてきてくれました。きれいに体を拭き、産着を着せてもらい初めての授乳をさせてもらいました。産まれて間もないのにすごい力だったのを覚えています。

夫は香港よりその日の夕方病院に来てくれました。立会いできなかったけど、後になって振り返ると、彼がそばについていてく れたら甘えてしまいもっと時間がかかったかもしれません。それに実際、陣痛が始まったら「早く産んでしまおう」と思ったので夫が到着するまで待っている気 にはなれなかったのですが。

私のお産はトータル8時間5分でした。初産のわりには早い方で安産だったと思われます。妊娠中は決して順調とは言えない経 過でしたが、辛い思い出は決して無駄ではありませんでした。グズって眠れない日があっても、多少の苦労があっても元気に産まれてきてくれた事を思えば贅沢 は言えず頑張れます。

そんなわが子は現在3ヶ月。元気に育ってくれ、そして私も彼女に育てられています。
体力、忍耐など毎日色々な試練を与えてもらい勉強させてもらっています。これからも子供だけでなく親としても家族皆で育っていけたらと願っています。

ちなみに出産費用は入院5日間で合計475,000円でした。
私の場合、夜勤帯入院で日曜日の出産だったため、2~3万円ほど割り増しになったそうです。