『日本国憲法』と《基本法》

私の住んでいる香港は地球儀では確認できない。地図帳で見ても米粒ほどもないような点である。香港は広大な土地を所有する中国とは比較にならない面積しかもたない一都市だ。しかし遠方のイギリスが跳びつくくらいの魅力がある土地であることも、また、事実である。
1842年、アヘン戦争でイギリスに敗北した清政府は、香港島を占領される。まもなく1860年、イギリスはフランスと共に再び清政府を攻撃する。このとき九龍半島がイギリスの手に渡った。その後、1898年、イギリスは強制的に新界の租借を求めた。かくして香港は100年間イギリス統治下での植民地となったのだ。
日本の小学生は6年生になり、公民分野として、三権分立をかじり始め、中学になって本格的に『日本国憲法』に基づき、自分たちの権利を学習し始める。香港の小学3年生の教科書は、早々と香港の憲法である《基本法》について触れており、子どもたちは権利と自由について学んでいる。信仰の自由、出入国の自由、通信の自由、言論の自由など。自分自身を守るための権利について学習することは賛成だが義務についての言及が全くない。これは非常に疑問である。権利の反義語は義務である。なぜ一対にして学ばせないのか?
その代わりと言ってはおかしいが、「自由と節制」という単元がある。ここで言う節制は「すべからず」“Don’t”の意で使われているようだ。「公園の花を摘んではいけない」「鳥にえさを与えてはいけない」「自転車禁止」「ボール遊び禁止」公園の入り口の看板には禁止項目がずらりと並べられている。あなたには自由がある、権利があると謳っておきながら、但し書きがついており、読んでいてもなんだかすっきりしない。これも植民地時代の名残なのだろうか。私はこの立て札を見るたびに昔無理やり勉強させられた『大日本帝国憲法』の「日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ従ヒ」というあのカタカナ表記のよそよそしく、忌々しい文章を思い浮かべてしまう。
もともと権利というものは17世紀のイギリスで初めて明文化されたが、長らくは慣習法として社会が暗黙の了解として受け入れていたもの。だとしたら公園の入り口にこんなにたくさんの“Don’t”を列記する必要があるのだろうか。
私の「うち」はそんな何でも“Don’t”教育で育った夫と、何でも“OK”という両親のもとで育った私の間には、深い文化の溝がある。個々の経験や体験が後の人格を形成する。最近、日中混合家庭である「うち」では世の中の動きのごとく、少々国際摩擦が生じている。

  • 『大日本帝国憲法』1898年2月11日発布
  • 『日本国憲法』1946年11月3日公布
    1947年5月3日施行
  • 《香港特別行政區基本法》1997年7月1日施行

2011年5月23日
ある日の日記より