『あじのひらき』

2002年12月1日号
こどものとも年少版

世の中には変わった題の絵本があるものだ。卓袱台が似合う一昔前のおかず「あじのひらき」が絵本になってしまった。
個人的に私はあじが大好きだ。魚の中で一番好きなのがあじである。今までにたくさんあじを食べた。だから、たくさんあじに関する想い出がある。
小学生の頃、あじの開きはごちそうだった。うちの子どもたちみんな、あじの開きが大好きだった。しかし、子どもは、半尾ずつしか口に入らなかった。「一 度でいいから、半分ではなく、一尾ごと独り占めしたい」と常々思っていた。最近そのことを母に話したら、弟も同じことを言っていたらしい。
香港に移り住み3年が経過した。ちょうど生活にも慣れ、買い物へも行けるようになった頃である。私は市場であじを見つけた。魚にはそれほど詳しくないの だが、あじのお顔だけは存じ上げている。それまで、あじは日本の魚だと思い込んでいた私には大発見である。よくよく考えてみれば自分の考えが如何にに浅儚か気付く。世界の海はつながっているのだ。あじが南下してきたところで、不思議がる必要はない。むしろその方が自然である。
早速数尾を購入し、その日の夕ご飯にした。初日は塩焼きに。まだ数尾残っているあじをどうしようかと思い巡らせた。私の頭に幼い頃食べたあのあじの開きの味が口いっぱいに広がった。私はあじの開きを作る決心をした。
秋晴れの翌朝、開いたあじを持って屋上へ上がった。ざる一面にあじを並べて、家へ戻った。何時間で?何日で?あじはあじの開きになるのだろう。日本と香港では、気温も湿度も日差しも違う。間違って、乾物になってしまってはもったいない。私はその日一日、仕事も手に付かず、一時間毎に屋上に上がり、あじの 開きの偵察をしていた。幸い、私は29階に住んでおり、30階が屋上なので、野良猫に狙われることも、蟻に襲撃されることも泣く、私のあじは、無事、開きとなった。
外見は本当にあじの開きの顔をしていた。今夜の夕飯はお手製あじの開きのお食い初め儀式となった。中はふわふわ、外はカリカリ私の目指すあじの開きを夫と仲むつまじく味わった。所詮彼は香港人。本物のあじの開きの味を知らない夫は、「おいしい、おいしい」を連発し、平らげた。一方私は、理想のあじの開き とは程遠い塩加減と、焼き具合に、まだまだ修業が足りないなとがっかり、無口にお酒を口へ運んでいた。
あの日も、ちょうど、今夜のような涼しい秋風の通る晩だったなあ。

2010年9月26日
ある日の日記より