『暗闇体験』

巷には意図的に作られた暗闇を体験する「クラヤミ食堂」という催しがあると聞く。私たちは、あるのがあたり前である視覚が遮断さ れると、音や感触が多くの情報を内包していることに気付く。自分の前に座った人の容姿が把握できないため、相手を肩書きや外見で判断することもない。お互 いにとり交わされる対話だけが頼りである。そう言えば、『あらしのよるに』の始まりは、暗闇だ。嵐の晩に暗闇の中で、山羊は、たった一人で、体を休め、 じっと嵐の止むのを待っている。そこへ見知らぬ誰かが、小屋の中へ入ってくる。山羊はそれが自分の天敵である狼だと知らず、対話が始まるという話だ。お互 い相手の正体を知らない。なるほど、暗闇の中で人は、他人に対して、寛容になり、内省的で穏やかな気持ちになれるのだ。(読売新聞より)
うちでも、ここ十年程、暗闇体験なる「クラヤミディナー」を楽しんでいる。日がとっぷりと暮れた後、ろうそくを三本ほど灯したテーブルで夕食をいただ く、ただそれだけのことだ。客が混じることもある。あまりの薄暗さにそわそわする人もいるが、そのうち落ち着いてくる。瞳孔の反応は早いのだ。私は、視力 がすこぶる良い。子どもの食べこぼしなど、見る必要も無いものまで、はっきりと見えてしまうため、食事中の小言がついつい多くなる。お互いのため時には、 意識的に視力を落としてみるのも、よい。一方、子どもたちも、嫌なおかずがよく見えないから、全部きれいに平らげる。飲んで顔が紅くなろうと、掃除が行き 届いていなくても、大丈夫。究極は、化粧をしていなくても髪が少々乱れていても、ろうそくの光は女を綺麗に見せてくれる。
暗闇はみんなが優しくなれる、そんな不思議な力をもっているようだ。

*『あらしのよるに』あべ弘士絵 木村裕一作 講談社
続編『あるはれたひに』『くものきれまに』『きりのなかで』『どしゃぶりのひに』
『ふぶきのあした』『まんげつよるに』

2010年1月5日
ある日の日記より