『ごんぎつね』

新美南吉作 偕成社

今年の夏休み。念願だった新美南吉記念館を訪れることができた。地元出身の童話作家の彼のことをもっと知りたいと思い始めたのは、「ごんぎつね」を授業で取り上げた日本人学校時代のことだった。

私は、次の道徳の時間に「ごんぎつね」をやろうと決めた。しかし、私は「ごんぎつね」を子どもたちの前で朗読することができなかった。ごんが兵十に撃たれる場面で私はいつも言葉につまってしまい、その先を読み続けることができなかったのだ。

悩んだ末に私は、視聴覚教室というところを借りて、アニメーションの「ごんぎつね」を子どもたちに見せることにしたのだった。

視聴覚教室は普通教室と違い、黒い遮光カーテンを閉めて、真っ暗な部屋で映画のようにビデオを見ることができる。じゅうたん敷きの部屋で子どもたちは思い思いの場所で、思い思いの姿勢で画面に見入っている。お話の後半、私の最も弱い場面にさしかかった。もちろん私は涙を止めること ができず、ハンカチを握っていた。今だったら、たとえ私が言葉に詰まろうが、涙を見せようが、先生の肉声で、子どもたちの目の前で、堂々と朗読するであろうが、当時は精神的に未熟で、それができなかった。私は時々こんな風に、教師時代のことを思い出しては、あのときのあの指導はあまりよくなかったなあ、こうするべきだったかなあと反省することがある。今回も例外ではなく・・・

刑事事件には時効が存在する。しかし、人の心の中のわだかまりや、悔いには時効は存在しない。自分で何らかの解決策を見出し、抜け出すしかないのである。

2009年8月22日
ある日の日記より