『ひらがなにっき』

忘れて欲しくないことがあります。小学生の娘たちにぜひ読んで欲しいと思い、今回は平易な文で書きました。
ある日、私は新聞でこんな絵本の紹介記事を読みました。
主人公の吉田一子さんは、子どもの頃、貧しくて学校に通えず、文字を習うことができませんでした。だから、大人になってからいろいろと困ったことが起こ ります。例えば、商品の値段が読めないので、買い物はお札を出して、おつりをもらったり、メニューが読めないので、外食をあきらめたり…。しかし、吉田さ んは60歳から文字を習い始め、自分の名前を書けるようになります。私はこの絵本を読んだことはありませんが、この紹介文を読んだとき、うちのおばあちゃ ん(義母)のことを思い出しました。うちのおばあちゃんも文字を習ったことがなく、吉田さんに負けないくらい困った経験をしてきました。
おばあちゃんは若い頃、三人の子どもを連れて、中国大陸から香港へやって来ました。おじいちゃんは、家族より一足先に到着しており、住むところや仕事を 決め、香港での生活を始めていました。当時は電話のない時代です。おばあちゃんとおじいちゃんは自分の家族を中国大陸に残してきているので、お互いの無事を手紙で知らせ合ったと聞きました。しかし、おじいちゃんもおばあちゃんも文字が書けません。どのようにして手紙を出したのでしょうか。巷には代筆を生業 とした手紙屋さんという人がいて、手紙を出したい人が、手紙屋さんに向かって口頭で内容を伝えれば、それをその場で書いてくれたので助かったと話してくれ ました。返事が来たときも同じように、手紙を手紙屋さんのところへ持っていけば、その場で読んでもらえるらしいです。でも今は、みんな読み書きができるよ うになったので、手紙屋さんは必要でなくなってしまいました。他にも、こんなことが起こりました。
日本では銀行で自分の口座を開設するとき、印鑑を使います。そして、お金を引き出すときには、その印鑑を使うシステムになっていますが、香港は本人を証 明するためにサインをしなければなりません。おばあちゃんは、自分の名前が書けないので、困りました。だから、拇印(指紋)を使うことにしました。でも、 いつだったか、クレジットカードを申請しようとしたときのことです。毎回サインをする必要があるので、自分の名前だけ書けるように練習しました。おばあ ちゃんは黄(ウォン)という姓ですが、この漢字はおばあちゃんにとっては難しすぎるので、同じ発音の王(ウォン)という字を覚えることにしたのです。まず、鉛筆の持ち方から教えました。何度も何度も練習して、何とか王と書けるようになりました。しかし、残念なことに、銀行は受けつけてくれませんでした。
まだまだ困ったことは起こります。テレビでお料理番組を見ていたときのことです。おいしそうなおかずだったので、おばあちゃんは今晩はこれにしようと思いました。野菜や肉は何をどれだけ使うのか、だいたい分かりますが、調味料の種類や分量は多すぎて覚えられません。おばあちゃんは記録をとることができな いので、記憶が勝負です。出来上がったおかずは、塩からかったり、甘すぎたりします。何回も何回も繰り返し作り、微調整をしているみたいです。
うちのおばあちゃんは吉田さんと違って、60歳になっても文字を習う機会がありませんでした。そして、いつの間にか80歳を過ぎてしまいました。私はつくづく日本語っていいなあと思いました。なぜかと言うと、「あいうえお」のひらがなだけを覚えても、文章を書くことができるからです。うちのおばあちゃん は中国人ですから、香港の難しい漢字はとても覚えられないと思って、あきらめたのかもしれませんね。
おばあちゃんは、漢字は書けませんが、丈夫な字と、下手な字の違いや100点と30点の違いが分かります。うちの娘の成績がよくないと聞きつけると、 「きちんと勉強しなさいよ!」とか「もっとがんばりなさいよ!」とか言うのです。世の中の大人たちは、子どもたちがちょっと勉強ができなかったり、テスト の点数が悪かったりすると、バカにしたり、お説教したりしますが、自分の名前さえろくに書けないおばあちゃんに向かって「バカ」とは言いません。家族みんなおばあちゃんのことをとても尊敬しています。
でも、私は思うのです。自分の名前を書けないおばあちゃんですが、私たち家族にたくさんのことを教えてくれました。文字が書けなくても勉強ができなくても、立派に生きている人の代表です。お年よりは大切な生きた文化なのです。
私たちはそんなうちのおばあちゃんが大好きなのです。

ある日の日記より 2009年3月2日
『ひらがなにっき』  若一の絵本制作実行委員会.文

長野 ヒデ子.絵
解放出版社

もうすぐ母の日です。今年はおばあちゃんにこのエッセーを贈ります。おばあちゃんありがとう。長生きしてくださいね。二番めの嫁より