わすれられないおくりもの

前述の『名なしの子ねこ』と同じ箱の中にもう一冊こんな絵本が入っていた。『わすれられないおくりもの』。長女(8歳)は、一早くこの本を読んでしまったらしい。次女がある晩「今日はママ、この本、読んで!」と持って来た。
もうすぐ9歳になる長女は、三度の飯より本が好きで、静かだなと探しに行くと、歯も磨かず、本に没頭していたりする。最近のお気に入りは、『窓際のトッ トちゃん』と『十五少年漂流記』。「ねえ、お母さん、本当にトットちゃんっていたの?」「これって本当の話なの?」としきりに聞いてくる。「そうだよ。 トットちゃんってね、黒柳徹子さん。この本書いた人でこのおばちゃんだよ。」と写真を見せると、彼女は自分の思い描いていたトットちゃんと現実のそれとの ギャップに戸惑いの表情を見せた。
『十五少年漂流記』は私も読んだことがないので、詳しい内容は知らないのだが、彼女は「ああ、このお話って、何回読んでもドキドキしちゃう。」と安上がりなことを言っている。
「早く!早く!」と次女にせかされて、『わすれられないおくりもの』のページをめくった。たくさんの動物たちが登場するこのお話。年をとったアナグマが 静かにこの世を去る。かけがえのない友を失った友人たちは、それぞれがアナグマとの思い出を回想し、一人一人が悲しみをのりこえていくお話だ。
アナグマはお話の序盤で死んでしまうのだが、その辺りで長女がポロポロ涙を流し始めた。お節介な次女は「ママ、お姉ちゃん、泣いてるよ」肘でちょんちょ んと私をつついた。長女は既にこの本を読んでいたはず。内容を知っている彼女に少し尋ねてみた。「この本、もう自分で読んで、お話を知っているんだよ ね。」長女曰く、「うん。自分で読んだときは、早く先が知りたくて、急いで読んだから、全然涙が出なかったんだけど、ママに読んでもらったら、ママはゆっ くり読むから、泣けてきちゃったんだもん。」
長女は8歳。一人で何でも読めてしまう。だから最近、以前ほど本を読んであげていなかった。大きくなっても、やはり、読んでもらうということを卒業した わけではなかったのだ。自分で読んだときと、読んでもらったときの味わい方が違うのだろうか。自分で読むときは、文字を必死に追いながら、内容を理解して いるので、感情移入しにくく、お話の中に入り込み、酔っている余裕がないのかもしれない。
読んでもらった方が感動が深いということなのだろうか。よくわからないが、、、、。
いずれにしても、まだまだ心の栄養が必要な年頃。さあ、今夜も絵本を読みましょうか。

2008年8月31日の日記より
*『わすれられないおくりもの』スーザン・バークレイ さく・え
小川 仁央 やく
評論社