加古(かこ)里子(さとし)という人

今年6歳になった次女は、「泥棒」という訳ありの職業に大変興味をもっている。「いつもどんな服を着ているの?」「どこに住んで いるの?」「子どもはいるの?」「男?女?」「うちにはいつ泥棒が入るの?」仕舞いには、「お母さん、私も泥棒に会ってみたい」という始末。しつこく聞い てくる娘に、私は「お母さんが小学生のとき*『どうろぼうがっこう』っていう本を読んだことがあるよ。それを読めば泥棒についていろいろわかるかもしれな いよ。」とアドバイスにならないような返事をしたのだった。
次女は晴れて小学1年生になった。この本を読んで、泥棒についての知識もいくらか増したらしい。探し物が見つからないときには、決まって、「お母さん、昨日の夜、うちに泥棒が入って、私のくつ下盗んでいったのよ。」とユーモアたっぷりの言い訳をするようになった。
『どろぼうがっこう』の作者は、だるまちゃんシリーズでおなじみのかこさとしさん。私とかこさとし絵本との最初の出会いは小学校の図書館だった。*『だ るまちゃんとてんぐちゃん』*『からすのパンやさん』などを読んだ記憶がある。中でも『どろぼうがっこう』の印象が強烈で、子ども心に「大人が子どもに泥 棒について、詳しく教えるなんて、なんという人だろう」と、猜疑心さえもっていた。しかし、彼の描く絵本は大好きだった。
その後、私はかこさとしという一人の人間を*『宇宙』という絵本を通して、再び知ることになる。泥棒を描いていたあの作家が、実は東京大学を卒業した工 学博士で、科学にすこぶる詳しい人だと知ったのだ。絵本の裏表紙に載っている加古里子さんの顔写真を見て、私は恥ずかしく思ったものだ。以来、私は絵本だ けではなく、彼の「科学」を感じさせる本にも手を伸ばすようになる。
そんな折、銀座で開かれたかこさとし原画展へ足を運ぶ機会に恵まれた。9歳の長女は、片端から絵本を読破、次女は原画に添って音読、私は絵本を手に、原 画を一枚一枚丁寧に見比べていった。私たち三人は同じ時間と空間を共有しながら、それぞれが違った楽しみ方をしていた。三人とも生まれて初めて生の絵本、 すなわち原画を目の前にした。原画には、印刷物にはない、独特の時間の重なり感じられ、絵の世界へ吸い込まれるような雰囲気が漂っていた。水の色はどこま でも深く、空はどこまでも高かった。印刷物である絵本が決してニセ物だとは思わないが、私はこの日、加古里子さんをもっと身近に感じることができた。

2008年8月31日の日記より

*『どろぼうがっこう』『からすのパンやさん』偕成社 かこさとし
*『だるまちゃんとてんぐちゃん』『宇宙』福音館書店 かこさとし/加古里子