妹の出産

出産予定日は2007年1月中旬。昨年末に「お姉ちゃん、何だか早く生まれそうだわ」という声を聞いてから数日後の1月4日、本当に生まれた。2800gの女の子が。妹は無事、第二子を出産した。予定日より半月も早く生まれてしまったのだ。
私の妹は、真面目で神経質なところがあり、第一子出産直後、彼女の抱く理想と現実のギャップから、精神的に不安定な時期を過ごした。私たち親子三人は、 妹の出産2ヶ月経って一時帰国した。甥に会うのを楽しみにしていた私は、期待に胸を膨らませ、初対面。第一印象は笑わない赤ちゃん。全く表情がない。私は 直ちに介入を始めた。母乳の出が悪い、睡眠不足、夫とのコミュニケーションが円滑にとれない、赤ちゃんが落ち着いて眠らないという事態に、彼女の顔から笑 みが消えていた。とにかく明るく元気な妹からは想像もできないような状態だった。2DKに六人プラス猫一匹という想像を絶する超高人口密度の中で私たちは 夏休みの2ヶ月間、彼女たちのアパートで過ごした。当然の事ながら、私は家事全般を引き受けることになった。彼女は日毎に回復し、2週間後には、いつもの あの笑顔が戻ってきた。
そんな過去があるため、4年を隔てた今回の出産についても全く不安がなかった訳ではないが、昨年10月に会ったときの穏やかな様子、精神的安定、長男の 協力などを見て、今回は大丈夫かもしれないと感じた。しかし、これは私の希望的観測なので、念には念を入れ、10月早々の旧正月前の時期に、私は飛行機を 三席確保してしておいた。
高校を卒業するまで私と妹は相部屋で過ごした。そしてひとつの机で向き合って勉強をした。妹は常に私の後を追いかけ、いつまでもついて来た。幼少の頃の 私はそれを疎ましく感じ、よく妹をいじめた。しかし、彼女は懲りることなく、今も私の後をついて来る。赤ん坊と夫を率いて、香港、旅行先にまでも。
しかし、今や二児の母となった妹だ。いつまでも「お姉ちゃん、お姉ちゃん」と人を頼りにしていると、子どもたちもそんな彼女を見て育つことになる。これ をいい機会に自分でやっていく術を身につけ、家族が力を合わせて生活していければ、、、と思い始めていた矢先、妹から「お姉ちゃん、せっかく予定してくれ て悪いんだけど、今回は何とかなりそうだから、来なくていいよ。飛行機キャンセルしてね。」という電話が入った。
彼女の中で何らかの変化が起こったのだ。「三人分の交通費、私がもつから、来て下さい。」と頭を下げていた妹は、出産と同時に不安や焦りも一緒に生み落としてしまったらしい。そう言えば、すがすがしい声をしていたなぁ。
私はハンガリーの偉大な絵本作家であるマレーク・ベロニカさんの*「ラチとらいおん」を思い出した。世界中で一番弱虫なラチが、強いらいおんの助けを借 りながら自信をつけ、自立していくお話だ。妹もラチと同じように、もう、らいおんの助けがなくても、大丈夫なのだ。彼女の心の中に住んでいるもうひとつの らいおんが彼女をしっかりと支えているから。
人の親になるということは、こういうことなのだろう。見えないところで、少しずつ少しずつ成長していくのだ。

2007年1月20日の日記より
*『ラチとらいおん』マレーク・ベロニカさく・え  とくながやすもと やく
福音館書店