絵本 イントロ

 

コラム by 横井ルリ子先生

 

絵 本を読むこと、読み聞かせること、こんなことをじっくり考えるなんて、ひまな人だろうと思われるかもしれ ませんが、世の中のお父さん、お母さん、または子どもに関わる人たちにどうしても伝えたくて、分かりきったことかもしれませんが、時間を割いて読んでいた だけたら、とても嬉しく思います。 プロフィール :
横井ルリ子さん 教育者
教員経験を活かし、個人教授という立場で長年教育に携わる。現代の教育に疑問をもち「母のクラス」「こころのクラス」など独自の教育法を実践。最近は、読み聞かせ、読書、作文など国語教育にも力を入れている。在港16年。

 

① 親と子の距離を縮める

子 どもが小さいころ、私はよく彼女をひざの上に乗せて、同じ目線で絵本の読み聞かせをしていました。お互いの体の温もりを肌 で感じながらの絵本読み聞かせタイムは至福の時。子どもというのはすごい勢いで心身ともに成長します。子どもの座高が高くなると本が見えません。足がしび れる前の今がチャンスです。さあ今日から始めましょう!!

 

② 自分のペースがつかめる

テレビやビデオを幼 児に見せているお母さんの多いことに驚いています。テレビと違って、絵本は途中で休憩を取ることも、トイ レに行くことも、親子の会話を楽しむこともできるのです。子どもが自分で読みたいという部分だけをゆっくり一文字ずつ追って読むことだってできてしまうの です。しかし、テレビの場合は、一方的に画面や音声が発信されます。中断が不可能なため、テレビの前を横切ったりしたときに、「どいて!見えない!!」と いう文句を聞いたことはありませんか?絵本の場合は待ってくれます。いつまでも。

 

③ 想像力を養う

絵本と いうものは、(中にはすべて絵だけというものもありますが、ほとんどが文章と絵の組み合わせでできています。)だいた い1ページに1つの絵が描かれています。お話に沿って、子どもたちはひとつひとつの絵という点の情報をもとに、点と点の間を埋めようと、頭の中でイメージ しながら聞いています。逆にテレビは動画です。お話は向こうから一方的にやって来ます。すなわち、間々を想像する必要性がなく、100%の情報が線として 与えられています。仮に、子どもたちが想像を試みようとしたとしても、すぐに次の情報が発信されるので、そんなひま、ありませんよね!

 

④ 話し言葉と書き言葉

親 子間で十分な会話ができていれば、子どもに書物は必要ないのでしょうか?私は自信を持って否と答えます。日本語は文語と口 語がかなりはっきりと区別された言語なので、会話だけの日本語に慣れてしまうと、文章(書き言葉)で書かれたものが、難しく感じられます。もちろん絵本の 中には口語調のもの、方言調のもの、いろいろありますが、小さい頃から書き言葉を聞くことに慣れていると自分で本を読み始めたときに大変役に立ちます。

 

⑤ たくさんの作者との出会い

い ろんな本を読むということは、つまりいろんな作者に出会うということです。そしていろんな作者に出会うということは、いろ んな人に会うのと同じくらい大切なことだと私は思います。人というのは必ず何かしらの言語上の癖をもっており、日常生活で使う言葉も限られています。ある 人は「とても」をよく使う、またある人は「すごい」をよく使うように!お母さんだけに接していると言葉が片寄りがちになるとともに広がりがありません。本 の助けを借りることによって母が使わない言葉が入っていく。こんなありがたいことはないですよね。

 

最近子どもたちの読解力の低下が騒がれていますが、小学校に上がったからといって教科書に長文をたくさん入れても、読み取る力はすぐにはつきません。
私は、子どもたちが自分で本が読めるようになる就学年令以前にお母さんが、またはお父さんがどれくらいの時間、本を読んで聞かせてあげたか、そのひとつ ひとつの時間が貯金され、彼らの将来の読解力へとつながっていくのだと信じています。高校生になって、大学生になって、読解力をつけようと思っても容易で はありません。自ら、自覚し、自分を高めていこうという意識をもち、その上人一倍、十倍の努力をしてやっと身につけられるものなのです。小さいうちに親が ちょっとだけがんばった方が楽だということなのです。

*2005年5月1日

 

 

* 以前、北角のプレイルームで絵本の読み聞かせをしていた時、それを知った友人の横井さん が、長年の経験から絵本がもたらす良い影響を文章にして私にくれました(対象は0・1・2歳児の親御さんです)。その当時も便利帳のコラムで紹介させてく れるようお願いしていたのですが良い返事はもらえず、今回絵本のページが出来たのを機に再度お願いしたら了承してくれました。そういう訳で書いた日付は当 時の2005年となっています。

S.K.