公立クィーン・メアリー病院での出産(2)

~超安産もとい間に合って良かった産~

陣痛が始まって2時間半後の出産だったと言うと、話した人みんなに「安産で良かったねー」と言われました。
でもその後で「病院に着いて30分後だった」と言うと、しばし絶句された後、「・・・間に合って良かったね」と言われました。

「どうしてそんなことに!?」というのも、よく言われました。私だってそう思います。
二人目だったので、出産方法などにあまりこだわりはありませんでしたが、2つだけ、やりたいことがありました。それは、無痛分娩(エビデュラル=硬膜外麻酔)と夫の立ち会い。でも「病院に着いて30分」では、当然できず。
安産(「超」がつくほど)で、出産時の異常も問題もなくて、元気な子供が無事に生まれて・・・そういう意味では最高のお産だったと思います。思っていた通 りにいかなかったなんて言ったら、難産で大変な思いをした人に申し訳ないし、産まれてきてくれた子どもにも悪いです。(産まれてきてくれてありがとう!そ れは確かな気持ちです。)だから反省点だとかいうわけではないのですが、「どうして?」を振り返ってみたいと思います。

カッコで番号を付けたところが「どうして?」につながる部分です。
番号は無視して通して読んでいただくのと、番号の先の「今思えば・・・」の部分を入れて読んでいただくのとで、まったく違う印象になると思うのですが、どうでしょう?


陣痛が来た時は外出先。幸い、子どもはアマさんに預けて一人だったので、余裕を持って、どうすべきかを考える。まだそん なに強くなかったし、一人目の出産の時は最初の陣痛が来てから(病院に行く目安とされる)「10分おき」になるまでに6時間、出産までは更にもう6時間かかったという経験から、まだ大丈夫だと判断。( ① ) 1時間ほどかけて用事を済ませて、家に帰ってから何をすべきかメモしながら帰宅。夫に電話をかけ(留守録だったので)「まだまだだと思うけど病院に行きます。また電話します」と伝える。( ② )
家に帰る道すがら、だんだん陣痛が強くなってきた・・・。間隔も短くなってきた・・・。でも家に帰り着くと少し落ち着いたような気がして、公立病院のご飯はおいしくないから食事をしてから行こうと、準備を始める。ところがそこから急変。荷物をまとめていたら、立っていられない程の痛みに襲われる。トイレに行くとおしるしが。アマさんに「やっぱりご飯は食べずに行く」と伝えて、子どもの世話を頼んで、荷物を持って外に出る。( ③ )
タクシーを待つ間、陣痛の「波」が何度も来る。なんとか持ちこたえて(やり過ごして)タクシーを捕まえて乗り込む。これで安心と思ったのも束の間、移動中にどんどん痛みが強く、間隔も短くなる。ドライバーが心配そうにバックミラーを除き込んでいるのが分かる。心配をかけて運転に影響されても困ると思い、 シートや窓の上の取っ手を握って痛みを逃す。

やっと病院に到着。タクシーのドアが開いた瞬間にまた波が来て、お金を払うのをしばし待ってもらうハメに。フラフラと、 産婦人科のある病棟へ。大した距離でもないのに、とても長く感じる。途中何度かしゃがみ込む。エレベーターに乗った瞬間にかばんを投げ出してしまう。( ④ ) 産婦人科のフロアで降りて受付へ。公立病院は電話はしないで行くものなので、余裕のある人でも駆け込みのようになるもの。だからスタッフも「はいはい 慌てないで」という感じで対応。しかも付き添いも連れずに一人で、しかも自分で荷物を持ってきたくらいだから、まだ大丈夫と思ったのだろう。(まあ、私自 身が大丈夫だと思っていたしね・・・。)普通に受付作業を始める。IDは?妊婦手帳は?名前はこれで合ってる?・・・などなど。手続き中に陣痛の波が来て 何度か中断。陣痛の波が収まると普通に話せるのだけど。そうして波の合間をぬって最低限の手続きを済ませ、残りは後にしましょうと言われる。ホッとしたものの、次に言われた言葉が「先に体重と血圧測定、それと尿検査にしましょう」「別室に行って」。え?体重・血圧・尿検査?この期に及んでそんなルーティン 検査?
もっとも、普通はもっと前の段階で入院するんだろう。この時点では「あと30分以内に産まれる」人だなんて、思われてなかったのだから、スタッフも通常の流れで進めてくれただけなんだろう。というか、私もまさか「あと30分」だなんて思ってなかったし・・・。だから私も「そんな検査なんて状態じゃない」 と訴えることもせず、素直に別室へ。そこでも陣痛の波が来る度に中断。でもなんとか終えて、尿検査のコップとパジャマを渡され、トイレへ。
トイレに入ってパジャマに着替え終えた途端、それまでより更にずっと強い陣痛の波。密室の怖さもあったのか、思わず叫んでしまう。さすがにナースが飛んできた。車椅子に乗せられてベッドへ。当然、尿検査はせず。( ⑤ )
ベッドに寝かされ、内診。「破水はしてないの?」と聞かれる。していないと言うと「おかしいわねえ」と言わんばかりの表情。( ⑥ ) また車椅子に乗せられ、今度は分娩室へ。途中(ほんの短い距離だが)車椅子の上で破水。分娩室に到着。痛みが更に強くなる。ドクターはまだ。周りで、 広東語で「ファイディー、ファイディー」(早く早く)と叫ぶ声が聞こえる。ベッドに移される。いつの間にかドクターも来たらしい。(痛みをこらえるのに必 死で、覚えていない。)いよいよ出産体制に!
ドクターが来たことに気づかないくらいの状態だったが、「プッシュ、スローリー」と言われ、我に帰る。一人目のときにいきみ過ぎた苦い経験があるので、 気をつけなくちゃと少し冷静に。でも痛いものは痛い。でもなんとか息を整え、あごを引いて、ゆっくり・・・。「プッシュ、スローリー」フーッ、「プッ シュ、スローリー」フーッ・・・そして三回目でツルッと出た。出たではなく産まれたというべきなのだろうが、まさにツルッという感じだったのが記憶に残っている。それと同時に赤ちゃんの泣き声。元気そうな泣き声を聞いて、全身から力が抜けていった。

赤ちゃんは連れて行かれて、後産。お腹を押されてまたツルッ。1時間ほど分娩室で休む。もっとも、初乳を飲ませたい?ビ タミンKの注射を打ってもいい?などと度々質問にこられ、休むという感じではなかったのだけど。( ⑦ ) しばらくして赤ちゃんが連れてこられて初乳。なんとも言えない幸せな気持ちに。
再び赤ちゃんが連れて行かれて、今度こそ本当に一休み。しばらくして、移動式のベッドに移されて、天井を見ながら移動。産前と産後でフロアが変わるのだ が、エレベーターに乗せられる直前に赤ちゃんが枕元に乗せられ、小脇にかかえるような格好で一緒に移動。公立病院で産んだ友達に話を聞いてはいたので「こ れかあ」と思えたけど、知らなかったら驚くことだろう。取り違えが絶対起きない、安全な方法!?・・・などではなく、タダ同然の公立病院ゆえの手間を省くための方法なのかもしれないが、この子を守らなくちゃという母性を起こさせるためにもいいなあと思ってしまった。おくるみ越しにも体温が伝わってきて、赤 ちゃんって本当に温かいんだなあと感動。また幸せな気持ちに。
産後フロアに到着。少しだけまた赤ちゃんが連れて行かれる。ベッドに移され、簡単な説明を受け、少しすると透明のベッドに入れられた赤ちゃんが運ばれて きた。授乳。二人目だから不安はなかったが、思っていた以上によく出てホッとする。飲む力も一人目の子より強く、安心。しばらくして、ついに夫が到着。開口一番、お互いに「ごめんね」と言ってしまい、「『よかったね』とか『おめでとう』だよね」と、大笑い。夫はもちろん、立ち会いに間に合わなかったことに対してだが、私も、立ち会って欲しいと言っていたのにその状況にできなかったことに対して。「また電話します」の後一度も電話できず、そのまま「超安産もとい間に合って良かった産」にしてしまったのだから。夫が「怒られると思った」と言ったので「そうだよ、私の読みが甘いのを察してすぐに来てくれなくちゃ!」と無茶なことを言って怒ったフリをしてみたが、あまりの幸せな気分で笑顔がおさえられなかった。

【今思えば・・・】


実は最初から(一回目の陣痛から)「10分おき」だった。つまり「余裕を持って」がそもそもの間違いだった。一人目の時は「1時間おき」くらいから始まって徐々に間隔が短くなって・・・だったので、いきなり10分おきなんてまさかと思ってしまっていた。
一人目の時にはおしるしが来てから陣痛が始まったのが、今回は陣痛が先だったのも誤った判断をした原因。お産は一人一人違う(同じ人でも毎回違う)、経産婦は進むのが早い、どちらも聞いていたはずだけど、分かっていなかった?


ここで直接病院に向かえば良かった!?荷物は「入院時に持って行く第一便」と「届けてもらう第二便」に分けてはいたものの、両方とも届けてもらうこともで きたのに。ちなみにせっかく苦労して持って行った「第一便」も、受付の隣に置きっ放しだった・・・。
夫には、結局二度目の電話はできず。夫は「念の為に」と一度目の電話の1時間後に職場を出ていたものの、移動中に病院からの「産まれましたよ」報告を聞くことに。


一人で行ったの!?と驚かれるが、アマさんに来てもらうと子どもも連れてきてもらうことになり、産婦人科病棟は子どもが入れないため、どうなっていたか。他の点はともかく、この判断だけは合っていたと思う。多分。


周りのスタッフに助けを求めるべきだった。なぜか、そうしてはいけないと思い込んでいた。というか、そういう冷静な判断をする余裕がなかったのか。


後日、もと助産士の友人に言われた話。「トイレに座らなくて良かったね。トイレで産んじゃったって、意外とあるんだよ。」私のような経験はなかなかないだろうと思っていたが、上には上がいるものだ・・・。


きっと子宮口がかなり開いていたのだと思う。第○ステージという言い方ならば、最終段階かその手前か。立ち会い出産と共に、無痛分娩にできなかったことも 心残り(?)だが、友達は陣痛が来て何時間も経っても、「達してないから」となかなか麻酔をしてもらえなかったとか。それを考えると、早めに病院に着いて いたとしても、これだけ急に進行していたら麻酔してもらえずじまいだったかも。苦しむ時間が短かっただけよかった?


後日、同じ病院で出産した友達に聞いたところ、そんなことはなかったと言われた。おそらく、本来は受付時に済ませてサイン等すべきことだったのだろう。手続き途中で、検査室→トイレ→分娩室 となってしまったから・・・。あの病院到着・受付時ののんびりとした対応は、今思い返しても冷や汗が出るが、それは私が自分の状態を把握してなくて、すぐ にでも生まれるんだと伝えられなかったから。それが分かってからの対応は実に迅速だった。(受付の時は「陣痛始まったばかりだろうに、痛がりで堪え性のな い人だなあ」とでも思われていたのかもしれない。出産翌日の検診でカルテを見たドクターに「え、30分!?次はもっと早くいらっしゃいね」と言われたし。)そして3日間の入院中はガイジンである私に一際丁寧に説明してくれたし、母乳指導など親切に対応してくれた。安い公立病院と質の高いスタッフに、今 一度感謝!