日赤広尾病院での出産

6月下旬 私は香港にいた。住んでいた。出産予定日は9月12日。妊娠がわかった時から香港で出産すると決めていた。何の 迷いもなかった。既に香港の病院で出産を終えて香港での育児を楽しんでいる仲良しの先輩ママさんもいるし、香港のどの店で、どの育児グッズを買ったらいい のか、どんなものが必要になってくるのか、リサーチは充分。いつ頃両親にきてもらうかも、もう決めている。あまさんの手配やあま部屋の準備も順調に進んで いるし、来週には産院見学を予定している。妊婦友達も沢山できて、不安のない楽しい生活を送っている。

準備はばっちりだ。

そんなある日、主人からかかってきた電話「転勤だわ。帰国しなきゃ。」帰国時期はASAP。

ショックだった。暫くショックで何も手につかなかった。

で・も・・・のんびりもしていられない。お腹の子は日に日に育ってきているし、予定日は変えられない。それまでに、日本での家を決め、荷物の搬出搬入をし、生活用品を買い揃えなきゃならない。妊婦にとって大変な作業となる。そして何より、病院をどうするか・・・

さて、何から手をつけるか・・・

引っ越しや、生活用品の買い揃えは、めちゃくちゃクイックに片付けた(←面白い話いっぱいあるんだけど、関係ない話なので、端折り)。

一番の心配事、病院。日本の中でも、地方では今、分娩のできる産院の数が激減していて深刻な問題となっている。しかし都心 も都心で問題がないわけではない。選択肢は複数あるが、定員を決めている病院もあるのだ。私が狙いを定めていた2つの病院でも、「分娩予約制」をとってい るため、受け入れてくれなかった。

分娩予約なんて、おかしな話!

幸い、基本的に予約制度はとらないとの方針でやっている総合病院があり、そこに決めた。決めてから詳細を知ったのだが、こ の病院はNICU(新生児用ICU)があり、緊急を要する難易度の高い手術などにも対応可能で、設備/技術面のレベルは相当高い。夫の立会いももちろんで きるし、父親学級らしきものの参加強制もない。立会いのときも、シャンプーハットに割烹着のような「立会いウェア」を着なくてもOKだし(←最近はあまり こういうのないの??)帝王切開での立会いも可能らしい。

ただ、へその緒切断を主人にさせてくれ、というお願いは受け入れられなかった。

さて、日本での妊婦時代到来。9ヶ月(←日本数え式)妊婦になった私、香港でdoctorに書いてもらった紹介状と検査結 果書をもって、初めて日本の病院を訪れた。「香港では行わなかったが、日本の病院では必須の検査」が複数あるので、早速採血だの何だの検査ばかりで初日は 疲れた。しかも、もう時間がないため、数日後に開始される母親学級に申し込まされたものだから、今週また病院に行かなければならない。

忙しい!

母親学級はそれはそれで楽しかったが、4~5ヶ月の妊婦さんの中に臨月近いデカバラ妊婦がひとり入って、ひぃふぅ~、妊婦体操をやっていて可笑しな光景。「無理しないでね~」と、母親学級の先生にめちゃくちゃ心配された。

区の「パパの育児教室」にも夫婦で参加した。ここでもモチロン最高齢。自己紹介で「予定日は明後日です」というと、これまた色んな人に心配された。

予定日(9月12日)がきたが、気配がない。この日の検診で、内診にて、卵膜剥離を受けた。これは、子宮壁から卵膜をはがすことで出産を促す処置らしいが、痛いし出血はするしで、出来ればやりたくなかった。

陣痛まだかぁ~?

とうとう迎える陣痛の日(9月13日)。私は(まだ揃えていなかった!)babyグッズを買い揃えに赤ちゃん用品店に出か けていた。4~5日前から痛み始めた足の付け根が、相当痛くなってきた。そして決定的だったのが、カー用品店の階段を上っていたときに感じた腹痛のような 痛み。それでも陣痛とは考えず、の~んびり夕食を食べに近所の蕎麦屋に寄っていた。帰宅しても続く腹痛。これが陣痛かといよいよ疑い、病院にtelして病 院in!PM11:30

病院からは「6分周期になってから来院してくださ~い」と言われていたが、この時の痛みの周期は15分。一旦家に戻されそうだった。が、あれよあれよという間に痛みの周期が短くなっていく。

出産当日(9月14日)。医者の認める陣痛がはじまったのがAM3:00、出産がAM9:00。その間に破水。おしるし は?卵膜剥離ですでに出血していたため、よく分からず。呼吸法だの分娩姿勢だの相談している余裕は無かった。自然分娩。母と夫が立会い。お腹が空いて体力 がなくなってきたころに、助産師はジュースだのバナナだの酸素だのをくれたり、姿勢を変えてくれたり、鏡でちらりと見えるbabyの頭を見せてくれたり、 手をかえ品をかえ、やってくれた。

そして遂に出産!本当に感動的なものだった。私も、主人も母も、全員が涙を浮かべていた。
またbabyの逞しさにも感動!私の胸の上で顔を上げて、手足を動かして、匍匐(ほふく)前進しそうな勢いだった。

余談:
目が強烈に悪い私、何か見るものがあるたびに「めがね~」とつぶやいていた姿が可笑しかった模様(主人談)。邪魔になるからガンバッテル間は眼鏡を外して いたのです。赤ちゃんが出てきたときも、皆が感動していた中で一人「めがね~」とつぶやき。次回はコンタクトレンズにしよう。